Staff BlogNagoya

最近の蛙

2018/4/16

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井の中の蛙、大海を知らず、されど空の深さを知る。
 
写真を仕事にしていると、この成句が突き刺さる時があります。スタジオで撮影するということは、ある側面では非常に創造的でもあり、ある側面では非常に単純且つ作業的でもある、そんな正反対な性質を含む仕事だと思う時が多々あります。
 
スタジオという限られた光、限られた空間、限られた衣装、限られた技術、限られた被写体、限られた時間、限られたスタッフ、限られた…、
 
限られた条件の中で私たちは、日々、被写体の美しさを追求しなければいけない使命を持っています。スタジオの固有の条件というのは、ある種その他にはない、スタジオの売りとして押し出す部分でもあり、顧客がスタジオを選択するときの重要な基準となります。
 
ただ、この固有の環境・条件というのは、私たちの創造力を、時として制止することに力を使います。与えられた条件の全てを使うまでは、自分にとっても新しいものが多くて、その条件の中で、どんな撮影ができるのか?どんな写真が生まれるのか?その環境で自分の力の最大限を表現しようと、写真家として、自然な姿をみせるようになります。
 
写真家は狩人の性質に近いものがあります。何かを捕らえたくて、何かを生み出したくて、常に何かを手に入れたい欲を持っています。このハンターのような欲深き性質が、いつも撮影において力を発揮します。写真を始めて間もない頃は、極度の空腹状態にあります。とにかく、腹が減っていて、手当たり次第に色々なものに手をつけます。うまく狙った獲物を捕らえることができれば食事にありつけますが、最初はそんな簡単なことではありません。なんども失敗を繰り返し、やっとの思いで食事にありつけた、そんな感覚を持っています。
 
ただ。スタジオで撮影をして2年ほど経てば、捉えようとしいる、ある程度の獲物を、自分の思うがままに捕らえれるようになります。
 
最初の頃は分かりませんでしたが、綺麗な光が捕まえたければ、ずっとその場所で観察をすればいいだけの話です。スタジオという自分のフィールドで朝9時から夕方4時くらいまで、ずっと光を見ていれば、「そいつ」が、いつ、どのように、現れるのかはすぐにわかります。昨日現れたら、また今日も同じような天気であれば、昨日と同じ場所に現れてくれます。
 
それが毎日毎日繰り返され、スタジオで起こることが「既知の事実」として、スタジオで働く私たちの事実として、蓄積され、その経験が獲物を的確に捕らえることをサポートします。
 
獲物を捕らえるためには、必死になっていた自分も、食うまでには困らないようになるためには2年くらいで充分だと思います。「ひよっこ」と呼ばれていた頃に比べれば、相当な力がついた自分がいます。
 
ただ、それと同時に無くなっていくものもあります。それが獲物を捕らえるための独創性です。最初はなかなか捕まえられなくて、ああでもない、こうでもない、そんなことを呟きながら、必死で、死に物狂いになって自分の頭をフル回転させていた時期があります。抜け出すまでは苦悩が付き纏い、苦しいと感じる時もありますが、そんな試行錯誤している時こそ楽しさがあったりもします。
 
自分に与えられた条件を制圧するまでは、自分が予期していない、見たこともないことが、降ってかかってきますが、一旦、制圧した時点でそのフィールドでは、ほとんどのことを予想することができます。ここから美しい光が差し込んでくる、ここでシャッターを押せば綺麗に写る、ここでふざければ子供は笑ってくれる、自分が経験した質と量は、そのフィールドで起こるこれからの事象をある程度確実なものとして、判断させてくれます。
 
ただ、「容易に予想できるようになってくれば、楽しさが減っていき…、」。
 
ただ、「楽しさが減っていけば、飢えていきます。」
 
ただ、「容易に予想できるようになってくれば、楽になっていき…、」
 
ただ、「楽が増えていけば、敢えて新しいものを捕らえに行くことに、腰がおもたくなっていきます。」
 
 
この二つの感情が入り混じってくる時期というのが、いつも自分が次へのステップにいけるかどうか、そのシグナルだと思っています。
 
蛙が見慣れた井戸の中に居座り続けるのか、大きな空に身を投げ出すのか、いつもその瀬戸際のラインに、カメラマンはいると言っても過言ではないと思います。写真に、美しさに、正解がないゆえに、常にこの二つの感情の対立は起こります。どちらを選択するのかも、私たち次第ではありますが、ただカメラマンの自然な姿というのは、狩人だと思っていますし、自分自身もそう言い聞かせながら、重い腰に無理矢理、鞭を打つこともあります。
 
写真家としての欲があることが自然で、その欲をいつもどうやって満たしていくのか、満たした後には、その次の欲。そう考えていくこで、私たちが写真家として、写真館として、その在り方を示していける理由であるとも思っています。
 



だから最近、写真に飢えている、あたなへ。


 
飢えているのが分かります。何か自分の技術的な不足に対する悩みだと思っているかもしれませんが、そこではないと思います。今、自分に足りない何かを探すよりも、「新鮮さ」が必要だと思います。足りないものを探すより、新しいものに触れた方が良い時期もあります。
 
あなたの欲を満たしたいなら、違う条件の中で自分をまた1から見つけていくしかないと思います。条件をかえることができれば、予想できないことにぶち当たります。それが「新鮮さ」だと思います。
 
条件を変えるというのは、ただ違う場所で撮るという単純な話ではありません。違うスタジオで撮影したからといって、あなたの欲が満たされる期間は2日、3日程度のことでしょう。いつも与えられた条件では限界があります。
 
提供された空間、提供された衣装、提供された機材、提供された人。与えられたものではなく、積み上げていく過程、必要な0から10を準備していく経験が条件を変化させることだと思っています。その経験が必要です。
 
 
一緒に条件を変えていきましょう。
 
そろそろお腹が空いてきた時期でしょ?
 
後回しにしていたことを、そろそろやっていく時期でしょう。
 
出会ったことのない写真に、積極的に出会っていくタイミングだと思います。
 
それしか解決策はなそうですね。
 
 
「井の中の蛙、大海を知らず、されど空の深さを知る」
 
今いる場所から、外に飛び出してみなければ、今以上に写真の本当の良さは分からないと思います。ただ、今自分がいる場所からでも、写真が持つ可能性を、私たちは誰よりも知っていると思っています。
 
結局、分かっているのであれば、自ら飛び出してみること。
 
それが2018年の自分のテーマです。

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