Staff BlogNagoya

Picture56-疎通

2016/1/20

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写真館がどのような場所であるべきなのか、私たちはいつも考えています。私たちがしたいことは、写真で人々を幸せにしようということであり、写真が持つ価値をより多くの人に知ってもらおうということだと思います。考えることは、そこまで難しいことではなく、頭で考えているものが行為として現れてこそ、ようやくその考えに意味を持たせることができることになります。
 
2016年の私たちは、頭で考えることも重要ですが、それよりも本当に動くことに集中する時期です。写真館に来たお客様に写真館の価値を伝えるのは、現場で働く私たち一人ひとりであり、現場で価値が伝えられてこそ、私たちが働く写真館がどのような場所なのかという質問に対する答えが出せるのだと思います。世の中における写真館というイメージを向上させることができるのも、写真家という職業に憧れを持ってもらうことも、日々お客様と接している現場で行われなければいけません。日々私たちの会議で話されていることや酒を飲みながら語る写真館のビジョンが、全て現場で帰結されるように、そのように2016年を過ごさないといけないと思っています。
 
「写真館は写真だ」、この言葉に間違いはないと思います。写真館は写真を撮る場所であり、良い写真が撮れなければいけません。どの写真館も写真について多くの事を語り、技術を高め合い、写真の発展を繰り返しています。写真に絶対の正解がないからこそ、写真には常にのびしろがあり、変化させていくことができます。また私たちの被写体は人であり、被写体である人が変われば当然写真も変わることになります。人の数だけ写真があり、同じ写真というのは一枚たりと存在しません。
 
私たちの被写体は人であり、人を撮影しているからこそ、その一人の人間を尊重する必要があり、自分の目に見えているもの以外のものが重要だったりすることの方が多くなります。尊重というのは自分が持っているフィルターを取りはずすことであるとも思います。撮影者が子供を子供というフィルターで撮影をすれば、それ以上それ以下の写真も生まれないでしょうし、自分が持っているフィルターを外すのであれば、入り口で出会った瞬間からその被写体を知る作業が始まります。知る作業をするということは、自分自身が知らないからであって、知る作業をしないというのは自分自身が知っているからだと思います。
 
そのため、写真館で初めて会った人の、その被写体独自の美しい姿を写真に残すことというのは、簡単なことではなく、時間をかけて被写体を知り、美しい姿を探すことに集中していかなければいけません。私たちは被写体を美しく表現するために、幾つかの形式を持っています。ポーズをつけたり、綺麗な光をあてたり、構図を考えたりするのが形式です。
ただその形式が全ての被写体に当てはまるわけではなく、全ての被写体に当てはめていいということではありません。例えば斜め右から撮影したら美しく撮影できたからといって、全ての被写体に当てはるわけではないということです。重要なのは、被写体に合わせて形式を上手く適用させることであり、誰もを同一に撮ることではありません。撮影するためには被写体を知る作業が重要であり、写真家である私たちはその技術を高めていかなければいけないということになります。「被写体を知って、自分の技術を適用させる」、この工程に私たちは神経を注がなければいけません。この工程が関係であり、撮影において関係が重要だと話しをするのはこのような意味があるからです。いつお同じ味の写真をつくるのではなく、一枚一枚違う写真を撮らなければいけないからこそ、[関係]こそが,良い写真を撮影するためのスパイスになります。このように同じような文章を書きながらも、実際にそれを意識して撮影することによって、その重要性を強く実感しています。
 
初めて彼に会った瞬間から、彼は自分を見せることに躊躇はありませんでした。ものすごく明るく、何度もスタジオを訪れているのもあって、これから始まる撮影をとても楽しみにしているような印象でした。私も彼がみせてくれる行動一つひとつに楽しみを覚え、共に笑い、これから良い時間になるという予想しかできなかったくらいです。優しく朗らかで陽気な彼の雰囲気が、撮影の空気そのものをつくってくれていたことは間違いありません。明るく時、あどけない印象というイメージが強かった彼ですが、撮影の合間に私たちに見せる違った一面もあったように思えます。初めて会ったからこそ、そう思えるのかもしれないのですが、私はいつも撮影する時は、その主たるイメージとは違う部分というのを重要にしています。それがこの一枚の写真で表現できたと思っています。この写真が良いと言えるのであれば、それは一歩彼に近づけたということであり、一つ新しく発見できたということであり、そしてそれを共に喜ぶことができたということであると思います。この一連の過程が、私に良いという感情を持たせるのだと思います。
 
写真は写真家によってつくられますが、ただ一方的であってはいけないと思っています。撮る側と撮られる側が共につくるという過程が重要であり、そのためには関係が重要であり、疎通が重要になってきます。写真館は写真であり、写真は関係の記録です。私たちはその関係を楽しく、そして美しく残す場所にしていきたいという願望があります。その願望を叶えることができる場所が写真館でなければいけないと思っています。
 

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