Staff BlogNagoya

picture50-再考

2014/4/13

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その写真の何が良いのか?

 

写真を見ながら何が良くて何が悪いのか?そんな話をよくします。ただその判断は相対的で、判断する人がどこに基準をおくかによって当然評価が変わります。

 

私たちはよく特定の側面から話をする傾向があります。
例えば、その人が光に重きを置いているのであれば、光だけでその写真を判断し、構図に重きを置いているのであれば構図だけでその写真を判断し、カラーバランスに執着しているのであればそれだけでその写真を判断し、そのような内容で写真の話を沢山します。
また技術的な内容だけではなく、写真から受け取るイメージを自由に語ることもします。例えば「哀愁を感じる」、「幸せが伝わってくる」、「躍動感を感じる」、などなど。限定的に写し取られた事実に対して私達は自由に想像することができるがゆえに、イメージに対する話は尽きることはありません。
技術的な話や自分が受け取ったイメージというのは写真を語るうえでは重要で、一枚の写真から語ることができる内容が豊富なほど、良い写真であるという一つの基準を持っていいかもしれません。


しかしながら技術的な内容であったり、受け取るイメージだけをもってして写真について話そうとしていくと、結局はいつも行き着く終着点は同じで、似たり寄ったりの話をしている自分たちの姿を発見することになります。
写真家として慣れてきた話や、また変わりばえしない内容に違和感を感じながらも、「写真は結局のところ感覚の世界だ」という雰囲気がつくられ、特に必要以上に写真に対する話をすることが徐々に減ってきます。
それは私たちが働いているスタジオでも同じだと思います。よく言えば互いの写真観を温かく見守るといったところでしょうか…、もしくはこれ以上深く入っていくことが難しいと私たちの限界を示しているのかもしれません。



写真は自分が見ることができるものしか写すことができません。見える側面が広がれば広がるほど、私たち写真家が写真として残せるものも自然と増えることになります。残せるものが増えるということはそれと同時に自分が一枚の写真に対して語れることも増えることになります。「何が良いのか?」という質問は「自分がどこまで何を表現したいのか?」という問いに真剣に答えることであり、その問いに答えることだけが私たちが写真で勝負しているという事実を保障してくれることになります。



だから悩みます。

「写真とはなにか」を。

「自分がどこまで入るのか」を。

 


私達が写真を通して何をするべきなのか?何が上手く行えて何がまだ足りてないのか?単なる技術論や感想を超えた写真の議論ができないものか?最近はそれをよく考えます。考えていくと結局、私達が写真を通してどのような価値を発生させているのかという話に自然となります。


「美しくあること。」

被写体の美しさを探し表現すること、それが私たちが写真を通して発生させることができる価値の一つだと考えます。
自分の美を意識することは男性よりも女性の方が早いように思えます。美しくありたいという欲求は誰しもにありながら、その欲求が芽生えた時点で年齢など関係なく、子供も大人も同じです。美しさを求め、まだ見ぬ自分を発見していく過程は自分に自信をつけることにも繋がります。
また意思や意識の変化に伴い、こどもの成長を強く感じれるのもこの時期ならではです。自分の意思、欲求が強くなるこの時期だからこそ、それが写真に表現されるべきでしょうし、その内面的な美しさを表現しなければいけないという、妙な緊張感を持って撮影に望むことになります。
内面的な美しさとは何なのでしょうか?
本当のその人、ありのままのその人を表現すると、写真家である私たちはいいます。いつも通りの自然な姿を表現しますといいます。何も考えなければとてつもなく難しい内容で、考え始めれば難しいけれどもそれを探すことを始めます。だからただ美しさを感じようとするのではなく、それを被写体と共に作る過程が必要だという認識に変わり被写体との関係が重要になることを知ります。

人が持つ美しさは人によって違います。けれども人は自分が求めている美しさや肯定的な自己のイメージがあります。その美しさやイメージしている自分を確認することができた時、美に関しては納得することができるのではないでしょうか?。それを写真で表現することができたとしたら、写真を残す価値があるのだと思います。


自由に自分自身を表現することに慣れいて活発で、その姿はこのくらいの年齢にしてはとても自然であって、撮影空間の雰囲気をを心地よいものとしてくれていました。撮影をすすめていきながら、今見えている以上の何かがを見つけたいと思うのは話した通りであって、それを撮影終盤に、お互いが段階を通して見つけることができたと思います。

 

年頃の自然な姿の中に含まれる冷静的な美しさ。


越谷店写真 Photo西 Coordinate及川 

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